かきあげブログ

就職活動を通して考えたことをただダラダラと書いています。お許しください。

2018年12月



真司が鍋に映った自分に向かって「いまままでありがとう」と言ったとき、彼は自分の顔の上に灯台を見た。彼は自分の目を疑いながらも、つぶやいてみた。

 

 

『俺の目的地はあなただ。』

 

 

すると!

 

その灯台は口を開いたのだ。

 

『それなら私は灯台になる。そしていつだってあなたを正しい場所へ導く。だからあなたは、一直線に私を目指してきて。』

 

 

 

真司はその言葉が、最愛の人のものであることを悟った。しかし彼はそれを聞いて、裕子はもうあちら側に行ってしまったのか、と思った。きっと天国にいる裕子が呼んでいるのだろう、と。

 

しかし、その灯台は、後ろから真司をギュッと包み込んだ。

 

 

「!」

 

 

彼は身の毛がよだつのを感じながら振り返った。



そこには裕子がいた。彼が知る、いつの裕子よりも魅力的な裕子が。

 

紗千さんや、青年もいた。看護婦さんも奈菜ちゃんもいた。みんな笑顔だった。

 

「準優勝おめでとう、世界一の料理人・コッコ」

裕子は深く透き通る声で、真司の努力を称えた。それはまるで、彼女が眠っている間、真司の努力をすべて見ていて、その上で彼を称えているような、そういう種類の声だった。

 

 

「裕子、もうだめかと……」

彼の言葉に、裕子はきょとんとした。

 

「何言ってるの真司?」

彼女は口角を優しく上げて、言った。

「私は生来のサプライザー・里川裕子よ」

 

 

      ☆

 

 

真司さんと裕子さんの抱擁を尻目に、僕はある言葉を思い出していた。

 

『バーベキューはバーベキュー場じゃなくてもできる。』

 

ああ、これは裕子さんの言葉だった。

 

そして今、真司さんがバーベキューをしていたのは、およそバーベキュー場とはかけ離れた、森の一番深い場所だった。そこにはちょっと不思議な感じのする、綺麗な白いガーベラが咲いていた。

 

 

 

「裕子さん、僕、あの女の子と付き合い始めましたよ!」

今度裕子さんに会ったら真っ先に言おうと思っていたことを、僕が言う。

「あなたの『目的地』ね?」

「ちょっと裕子さん、その呼び方やめてくださいよお。」

僕らはみんなで笑った。一人を除いて。

 

真司さん。

 

裕子さんと抱擁を交わしたあと、彼はずっとうずくまっていた。顔を上げることもできず、ずーっとうずくまって、ただ涙を流していた。

 

僕らはその様子を温かい目で見守った。

 

 

「それにしても綺麗な花ですね、これ。」僕が紗千さんに言う。

「ほんとよね。」と、紗千さんがこの花に負けないくらい美しい表情で答える。

裕子さんが寄ってきて、誇らしげに言う。

「そうでしょ?真司と一緒に植えたのよ。」

綺麗な白い花が僕たちを明るく照らす。

 

裕子さんは、白いガーベラの花言葉は「希望」や「律儀」だと僕たちに教えてくれた。

 

「ちなみにまだ咲いていないみたいだけれど、赤や黄色はね……」

 

裕子さんがそう言いかけたとき、強い風が吹いた。

 

 

すると、簡易キッチンの足がグラリと揺れ、傾く。

 

嫌な予感がした。

 

そこには鍋が乗っている。

 

すでに油が入っている??……

 

さらにそのとき僕の目に映ったのは、最悪なことにその鍋だけではなかった。

 

真司さんがうずくまっていたのは、鍋のすぐ隣だったのだ!まだ嗚咽を漏らしていて、まったく気づいていない!


 

 

世界がスローモーションになったような感覚があった。緊張で体が硬直してしまう。ダメだ。どうか……外れてくれ。

 

しかし真司さんは、完全な風下にいる。

 

 

僕が目を伏せかけたそのとき!

 


「真司あぶない!!!!」

 

その声と共に、隣からものすごい勢いで裕子さんが動いていた。彼女は足を伸ばし、サッカー仕込みのフォームで簡易キッチンを見事に蹴りあげた。テーブルは、真司さんとは反対側に倒れていく。地面にこぼれた油がジュウと力ない音を立てる。

 

 

はあ

僕たちは心の底から安堵した。

 

すると……

 

「あっ!」

 

 

先ほどの強風で、今まで落ち葉に隠れていた花々が顔をみせた。

そこには白以外にも、赤と黄色のガーベラの花が、鮮やかに咲いていた。

 

花言葉は「神秘の愛」「究極の愛」

 

あとで裕子さんがそう教えてくれた。

 

 

 

 

斜めの男 完




目次



~病室~

 

 

僕が真司さんを探すため慌てて病室を出ようとしたとき、テレビが料理人グランプリの番組に切り替わった。すると真司さん、いや料理人コッコがそこに映る。

 

僕は真司さんのコック姿に思わず足を止めてしまう。カッコよかったから、というよりは怖かったからだ。紗千さんと看護師さん、それに先ほどまで寝ていた奈菜ちゃんまでも、思わず画面に目を向ける。

 

 

真司さんの目が血走っている。そしてギョロギョロと動いている。しかし周りを威圧している、という風ではない。料理に集中している。完全なる没我。その目の焦点は、ただ自分の調理器具・食材のみに当てられていた。

 

 

 そして彼は黒焦げの天ぷらを作る。僕は驚かない。むしろ、裕子さんの恋人ならやりかねないなと思う。しかしその料理は、神の料理人・モッスに絶賛される。僕もこれには、さすがに仰天してしまった。

 

 

 

表彰台に上るとき、真司さんは準優勝という結果にまったく満足していない様子だったけれど、インタビューのときだけは優しい穏やかな目をしていた。

 

彼はインタビューでこう言った。

 

 

「僕の心の支えになってくれたのは、いつも裕子の存在でした。彼女の顔を見ると、いつだって、いつだって、いつだって『もっとできることがある』、そんな風に思えたんです。実をいうと、今回の料理の発想をくれたのも彼女です。最後の最後まで、裕子は本物のサプライザーでした。」言い終わった後、真司さんは涙を流した。

 

インタビュアーは、「最後の最後まで」という不自然ともとれる発言に首をひねりはしたものの、興奮した真司さんのただの言い間違いだと捉えたのだろう。そのインタビューは終わった。

 

 

僕たちはそのインタビューを食い入るように見ていた。そして彼が話し終えると、涙を流した。インタビュアーが気付いていない、彼が流した涙の意味を想いながら。

 

 

やがて、僕らが泣いているのを見たからか、奈菜ちゃんが大声で泣き出す。その時だった。

 

「最後じゃないわよ。」と誰かが言った。

 

奈菜ちゃんがピタリと泣き止む。

 

 

僕と紗千さんは思わず、顔を見合わせる

 

パチパチパチパチパチ

 

 

 

…………………………

 

 

??????????

 

 

瞬間、体が震えあがるようなショックがあった。僕は恐る恐る首を45度まわした。

 

 

裕子さんがベッドの上で上半身を起こし、幸せそうに拍手をしていた。そして「最後じゃないけどね」と言った。彼女の頬を伝っている涙のせいだろうか。火傷が光り輝いているように見えた。

 

 

僕たちは驚いた。幽霊をみたかのように驚いた。顎が外れそう、という感覚を初めておぼえた。看護師さんは驚愕して書類を落とした。美しかった人は美しくなっていた。子供はただただはしゃいでいた。

 



最終話 生来のサプライザー

目次



僕は裕子さんの病気の状態の重さに強いショックを受けた。裕子さんの病気がこんなにひどいなんて!!


 


落ち込んでいると、真司さんは僕に優しく話しかけてくれた。僕は、彼女が今までどんなに僕を助けてくれたかについて話し、真司さんは彼女がどれほど彼を驚かせ、彼の人生を豊かにしたのかを語った。


 


真司さんはこれまでの不愛想な態度が吹き飛んでしまうほどに、笑顔で話した。重体の裕子さんを前にしているのにもかかわらず、僕が深い安心に包まれてしまうくらい。


 


しかし真司さんは、話の最後に――いや、この発言によって会話が終わってしまったわけだが――「悪いが今日は先に帰ってくれ。やり残したことがある。」微笑みつつも真剣な表情で、そう言った。暗い暗い顔は、表情の奥に忍ばせて。


  


僕としては裕子さんから離れたくなかったが、彼があまりに真剣な顔でそう言うので、裕子さんの手を握り、「また来ます」と言った。そして彼らに挨拶をして、しぶしぶ一人で帰路に就いた。


 


ところが建物を出て数分歩いたか、というところで僕は上着を病室に忘れてきてしまったのに気が付いた。やれやれ、僕は踵を返す。



 


病室に戻ると、紗千さんと看護師さんが、裕子さんのベッドをはさんで何やら会話をしていた。上着はかなり目立つ位置に置いてあった。僕はそれを取って紗千さんたちに再び挨拶をし、いざ帰ろうとしたとき、ふと疑問に思ったことがあった。真司さんが見当たらないのだ。


 


紗千さんに聞いてみると、「彼ならちょっと散歩してくるって言ってたわよ。」と、彼女はそう言った。


 


僕にはなにか引っかかるものがあった。散歩?今日はもう嫌というほど歩いたのに?それになぜ僕とすれ違わなかった?


 


彼はたしかこう言っていた。


 

やり残したことがある。

 


やり残したこと?


 


彼は料理を捨てた。恋人の裕子さんは、目を覚まさない。


 

やり残したことは裕子さんに何かを語りかけるようなことだと思っていたが、彼は突然、散歩にでかけた。僕に気付かれないように。


 


なんとなく嫌な予感がして、僕は慌てて病室を駆け出す。いや、駆け出そうとした。その時、病室の中のあるものが目に留まって、僕は思わず急停止した。


 


 



~森の最奥地~






 この場所はかつて、かつて真司と裕子が一緒に来た場所だ。彼らは様々な思いを込めて、ガーベラの種を植えた。花が咲くころにはきっと全てが好転しているはずだろう……。




真司が最後にここに来たのは料理人グランプリの数日前で、そのころはまだ蕾の状態だった。しかし今、真司がそこに着くと、皮肉なことに白いガーベラが花を開いてそこにあった。




白いガーベラ、花言葉「希望」




今の俺とは正反対の言葉だ、と真司は思った。






今から真司が作るのは、裕子が彼に作ってくれたような焦げた天ぷらではない。裕子が18歳の誕生日に作った「料理」だ。俺はここで、この美しいガーベラと共に散る。




真司はキャンプセットを取り出した。




これでこの世界ともお別れか……。




そう思うと、この世界がこれまでで一番うつくしく、愛おしく感じてくるのだった。空は清く澄み渡り、木々は気持ちよさそうに揺れる。小鳥のせせらぎと川の音が、絶妙なシンフォニーを奏でて彼の耳を優しくなでる。もはや何もかもが幻想的に見えてくる。行かないで、と世界が言っているみたいだ。




 


 


それでも彼は、既にあちらの世界へ行くことを決心してしまっていた。裕子がもうすぐ行くであろう世界へ。もしかしたら彼女はもう行っているかもしれない。


 

 


彼は先ほどの料理で水を使い切ってしまったことに気が付き、川に汲みにいく。


 


そして料理を始めた。


 


鍋に油を入れる。


 


ジューパチパチ


 


この音を聞くのも、これが最後だ。彼は鍋の油に映った自身の顔を、ぼーっと眺めた。


 


目標を失った人間の、虚ろな一対の目がそこにあった。いつもほとんど気を留めることがない自分の顔を、その時だけはじいっと見つめた。そして無意識に「いままでありがとう」と呟いた。


 


おや?


 


真司はハッとした。鍋に映る自分の背後に、確かな光を放つ灯台が見えたのだ。灯台?まさかこんな森の奥に。もちろん真司は目の錯覚だと思ったが、何を思ったのか、こんなことを口にした。


 


『俺の目的地はあなただ』


 


するとその灯台は、言葉を返してきた。




第25話 火傷は黄金に輝き

目次

 

    ☆

 

結局、コッコは優勝できなかった。表現力は断トツの一位だったが、他の項目がダメだった。しかし、この日のコッコの料理が、優勝したフランス料理人・シエルの印象を薄めてしまったのは間違いない。新聞にはシエルの写真よりも斜めのコッコの写真の方がデカデカと載せられていた。

 

 

    ☆

~料理人グランプリの前日~

 

 

「裕子さんの様態が悪化したのです。正直なところ、もう何日もつかわかりません。」

グランプリの前日、真司がかけた電話の向こう側で、看護婦は深刻な声で言った。

 

「わかりました。でも、裕子と約束したことがあるので、明後日まではそちらに行けません。」

 

彼は電話を切ると、裕子がかつて放った言葉をもう一度思い出した。それは実際に聞いたときよりも鮮明に、彼の頭の中で響いた。

 

「料理人コッコ、斜めになって復活!料理人グランプリ優勝!わたしそんな記事を読みたいわ。」

 

     ☆

 

真司は準優勝という結果に失望した。もちろん、裕子の復活の象徴となる料理を作ったところで、事態は何も変わらないことくらい、彼にはわかっていた。それでも、彼はどうしても「優勝」という記事を裕子にプレゼントしたかった。かつて君が作ってくれたような焦げた天ぷらで優勝したと、眠っている裕子にそっと語りかけたかった。しかしそれはかなわなかった。料理人グランプリは10年に一度しかない。次の大会が開催されるとき、裕子はもう……

 

 

真司は死ぬつもりだった。唯一の生きる意味を失ってしまったような気がしたからだ。

そして死に方として、彼は「火傷」を選んだ。なにか裕子とつながれる気がしたからだ。

 

 

彼は森の中で、最後に天ぷらを作りながら死のうと思っていた。しかし、ある川沿いの細い道で、青年とすれ違った。その青年はすれ違うとき真司をじっと見、そしてすれ違うと真司のあとについてきた。彼は特に怖いとも迷惑だとも思わなかった。どうせ死ぬのだから、というわけではなく、その青年がどことなく裕子に似ていたからだ。彼は神様が、最後の最後に2人を一緒にさせてくれたのかもしれないと思ったりした。

 

ところがいざ山奥に来てみると、真司にとってはちょっと厄介なことになった。療養所に着く前に、紗千さんたちがいたのだ。さらにこの青年もどこまでもついてくる。

 

     ☆

 

「裕子さん!!」

今、療養中だと聞いていた裕子さんが、こんな森の中にいるとは。

「えっ。まさか真司さんの恋人って」

 

真司さんは答えなかった。僕がなぜこの人に惹かれていたのかがわかった気がした。しかしすぐに祖父母の言葉を思い出した。

 

 

「悪い人ではないけれど、できれば裕子には料理と無縁な人とお付き合いしてほしい。」

火傷のことを思い出させたくないから、と確かそんなことを言っていたような気がする。

 

僕の中で何かがつながった。そして僕は理解した。真司さんとすれ違ったとき、裕子さんを思い出した理由を。僕が今日、ここまで彼についてきた理由を。真司さんが僕の尾行を許した理由を。

 

そう、偶然ではなかったのだ。

 

「あら、まさかとは思ったけど、やっぱり彼女が『療養中の叔母さん』なのね。」

紗千さんがいたずらっぽく言った。

 


第24話 やり残したこと

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「私に天ぷらを食べさせてくれ」

モッスがそういうと、会場のざわつきがピタリと止んだ。そしてもう、誰も口を開かなかった。テニス選手がサーブを打つときのように、彼が天ぷらを食べ終わるまで長い静寂があった。

 

 

モッスはその天ぷらを口に運んだ。なんだこれは。普通の焦げた天ぷらじゃないか。彼は一口食べた時、そう思った。しかし彼は、どんな料理も残さずに食べる主義だった。たとえそれが黒焦げの料理だったとしても。

 

彼は二口目を食べた。ん?三口目。ほう。

 

彼は気が付いた。その中に含まれているストーリーに。

 

 

ふつう料理を食べるとき、一口目が一番おいしいと言われている。これは経済学でいう限界効用逓減の法則というものだ。二口目、三口目と食事を続けると、だんだん口が慣れてきてしまうので、それがもたらす効用(うれしさ)はだんだん下がっていく。これは自然法則だ。避けられない。

 

 

ところが彼の料理の場合はそれを逆手にとっている。最初に強烈な苦みがある。そして、二口目、三口目と食べていくうちに、その苦みは薄れていく。もちろんそれだけではただのまずい料理と同じことだ。

 

モッスが食べ続けていると、エビの天ぷらは奥底にある「コッコが本当に伝えたかった味」を放ち始めた。

 

 

ああ、これか、君が本当に伝えたかったのは。

 

 

「アクセントを逆にすればいい」

 

 

焦げた衣がジャンプ台となって、中のエビにより強烈なインパクトを与えている。このエビはまだ生きているんじゃないか?まるでエビが口の中で暴れているようだ。そんな風に感じてしまうほど、躍動感あふれる食感と味がモッスの口の中に広がる。そして体全体を満たしていく。まるでエビが死に際から生き返ったような……。

 

そう、「復活」!!

 

これがこの料理のテーマだな、とモッスは思った。

 

 

死にかけたに見えたエビの天ぷらは、自身がもつ圧倒的な生命力により回復した。そして驚くべきことに、「焦げ」はエビに、本来のポテンシャルを超えたパフォーマンスをさせたのだ。

 

 

なるほど、やるな。自身の復活を料理で表現するとは。彼の見た目があんな風だったのも、ふり幅を大きくするためか。

 

 

モッスは最初、そう思った。しかし、半分ほどを食べたとき、モッスの目に浮かんできた景色は、まったく別のものだった。

 

 

 

一人の女性が歩いている。その女性の頬には、象徴的ともいえるような大きな火傷がある。その火傷はしばらくのあいだ、彼女の魅力を奪い続ける。道行く人は彼女ではなく、彼女の火傷に目を奪われ、そして顔をしかめる。

 

しかし、

 

彼女はやがてそれを乗り越え、ある時からその火傷は、彼女をより魅力的な人間にする。

 

 

 

さらに、モッスが最後の一口を食べた時、こんな光景(展望のようなもの)が浮かんだ。

 

 

その女性はある時から、ひどい精神疾患に苦しむようになる。ひどく苦しみ続ける。それにもかかわらず、彼女は誰かを励ます。誰かの背中を押す。誰かを励ますことは彼女自身を励ますことにもなる。そしてついに、彼女は自身の圧倒的な生命力によって、奇跡的な回復を遂げる。

 

辛い闘病の経験は、彼女をよりタフにするだろう……。

 

モッスにはこんな復活のストーリーが見えたのだった。

 

 

焦げた天ぷらが、なぜこんな物語を見せるのかまではわからなかったが、モッスは彼の料理に、彼の成長に、感動していた。

 

彼は恍惚の表情を浮かべながら、その天ぷらを平らげた。観客の誰もが、それがどんなにうまいんだろう、とよだれを垂らしてしまうくらい、彼は良い食べっぷりをした。そして天を仰ぎ、(知るはずのない)裕子を思った。

 

モッスがこんなに勢いよく食べたので、今度は審査員も、それが食べたくて食べたくてたまらなくなった。そして観客までもが。

 

 

「いいですよ。作りましょう」

コッコがこの日一番のさわやかな顔で言った。やり切った、そう思った彼の目には、もはや異様なギラつきは無く、かつての優しい光が灯っていた。

 

 

過去にこんなことがあっただろうか。料理人グランプリの会場は異様な熱気に包まれていた。コッコが大量に作った天ぷらを(今度は焦げていないものだった)、会場全体の人々が一緒になって食べている。

 

ある者は笑顔になり、またある者は感動でむせび泣いている。

さらには他の料理人たちも、彼の料理を食べて唸っていた。



こうして10年に一度の料理人グランプリは幕を閉じた。

 


第23話 やっぱりね

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さて、周りのシェフたちが次々に高級料理を出していくのに対して、真司の料理は平凡だった。見る限り、どこにでもあるような天ぷらである。具材も簡単に手に入るようなものばかり。そしてさらに多くの人を驚かせたのは……その天ぷらが、明らかに焦げていたことだった。

 

「なあ、なんということだあ。コッコ、天ぷらを焦がしてしまったあ。かつて天才と呼ばれた男は、長いブランクによりその容姿と腕を大きく落としてしまったあ。」

毒舌で有名な実況者・滝川が一切の遠慮なく言った。

 

そのときだった。先ほどまでちゃらんぽらんな態度をとっていたモッスが、急に真面目な声色でいった。

 

「実況さん。どこ見てるんです?彼は故意に焦がしましたよ。明らかに何らかの意図をもって。それに見た目だって落ちているとは限らない。僕は昔のチャラいコッコよりも、真摯に料理だけに没頭している今の彼の方が好きなんですけどね。」

 

実況滝川は口をつぐんでしまった。そして今にも泣き出しそうな顔をした。神の料理人・モッスにこんなことを言われてしまえば無理もないことだ。再び口を開くまでには数十秒を要した。

 

 

しかしそれでも、審査員の中で彼の焦げた天ぷらは、不評だった。みな一口で、食べるのをやめてしまった。ある者はむせ、ある者はトイレに向かった。

 

審査項目に「料理の見た目の美しさ」というものがある。コッコの天ぷらはその項目では間違いなく最低のDだろう。となると味で勝負しなくてはならなくなるわけだが、これでは……

 

「ほ、ほら」と言わんばかりに実況者がモッスの顔を覗き込もうとする。

 

しかし、モッスがいない。

 

神の料理人・モッスは放送席を抜け出し、審査員のもとまで行っていたのだ。

 

 

「私も審査に参加させてくれんかね」

 

天才料理人の焦げた天ぷらに続き、ゴッドシェフが降臨したことで、会場のざわつきはピークに達する。審査員たちが困惑した表情を見せる。しかし神の料理人を止められる者はいない。

 

モッスは特別に審査への参加が認められると、開口一番に言った。

 

「私にコッコの天ぷらを食べさせてくれ」

 

      

        ☆

 

 

モッスは以前、一度だけコッコと共に仕事をする機会があった。上流階級の主婦をターゲットとしたテレビ番組の収録だっただろうか。

 

 

確かに、その時のコッコは今よりも清潔で、容姿も美しく、人気を博していた。主婦向けの番組に彼がよく出演しているのもうなずけた。

 

しかしモッスは、正直なところ彼にあまり惹かれなかった。モッスから見て、コッコには一流の料理人に不可欠な何か(情熱、という類のものだろうか)が欠けているような気がしてならなかったし、それは今から頑張って獲得しようとしてもなかなかできるものではない。つまりそれを持っていない料理人は伸びることが少ない――。

 

しかしその当時でも、モッスは彼の料理を実際に見て、そして口に入れると、閉口してしまった。うまかったから……ではない。

 

彼の料理は、ただ「おいしさ」を提供する、という通り一遍のものではなかった。表現力!そう、この言葉が一番しっくりくる。そうなのだ。彼の料理にはストーリーがあり、食べる者に何かを訴える。食事をするものの想像力を喚起するのだ。

 

 

その日、彼は安い具材のみを用いて、みごと上流階級で出されるような家庭料理をふるまってみせた。「家庭の味」とよく表現される温かみを見事に残しつつ、それでいて上流階級の人々しか食べることができないような高級感も演出していた。

 

それは、食べる者に(少なくともモッスに)、およそ上流階級とは言えない家庭の奥さんが、(なんとかそこに上り詰めようと)働く旦那さんをサポートしている様子をほうふつとさせた。料理をひとくち口に運んだだけで、主人が稼いできたなけなしのお金でなんとかよりおいしいものを作ろうとしている主婦の努力が連想されたのである。

 

このときモッスは彼の実力を認めるとともに、自身から、神の料理人から、嫉妬の念が、もっと言えば羨望の念が沸き起こっていることに気付いた。史上最高のシェフと謳われ、現役のシェフにはたった一つの分野でも負けていなかったモッスが……。

 

 

この表現力は私にはない、とモッスは思った。

 

     

        ☆

 

 

 

そのコッコが再び厨房へと戻ってきた。

 

それも彼に欠けていたものを見事に獲得して。モッスの目にはそう映った。

彼に一体何が?彼のこの斜めの姿勢と何か関係があるのだろうか。

 

それだけじゃない。明らかに風変わりな料理を作った。誰も食べようとしない。それはそうだろう。まずそうだからだ。しかし彼の料理だ。何かストーリーが含まれているはずだ。モッスには確信があった。



第22話 復活!!

目次

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