かきあげブログ

就職活動を通して考えたことをただダラダラと書いています。お許しください。

2018年12月

 

 

私は台所に行って、お母さんが最近買ってきた『コッコの自信作 全部見せます』っていう料理のレシピ本を取り出したの。まあ、私は料理本なんて読んだことなかったんだけど、この本の存在は知ってたのよね。

 

表紙の「コッコ」っていう若手の料理人が、かっこよくて大好きだからって言って、お母さんが大切にしてたの。それについてお父さんはちょっと複雑な顔したけどね。お母さんが「私は人を顔で判断してるのよ。あなたを選んだのも、あなたの顔には誠実さがにじみ出てたからよ。」なんて言うものだから、お父さん、すっかり機嫌を直してたわね。ウフフッ。ごめんなさいね。懐かしくて、つい。

 

僕は彼女に合わせてほほ笑み、軽く首を振った。

 

 

裕子さんの話は、結構飛ぶ。でも、僕には、すぐに路線を戻すことができない。彼女だって、きっと思い出すだけでつらいのだ。なんとか迂回しながらじゃないと、核心の部分は話せないのだろう。

 

10秒間ほど沈黙があって、彼女はまた話し始めた。

 

私は料理が下手だった。でも、誰かをワッと驚かしてやりたい。そんな気持ちは常に持っていた。

 

例えば中学校の時、合唱コンクールで、途中まで他の子の声がかき消されるくらい大きな声で歌った。でもそれだけじゃなくてね……途中から、男性パートに(勝手に)移行する、っていう前代未聞の荒業をやっちゃった。(これは、後日、数人のクラスメートと先生に非難されたけれど。)高校生の時は、球技大会のバレーで、足だけを使ってプレーしてみた(私は6年間サッカーをやっていた)。もちろん余裕で優勝できたからよ。これは男子からは、一切批判されなかった。女子からは……想像に任せるわ。

 

もちろん、こんなことすべきではなかったって多くの人は言うだろうけれど、私にはこれが必要だった。こういうことをしている時が、一番楽しかったのよ。私。将来の夢はぜんぜん決まっていなかったけれど、(どうしても、どうしても)サプライザーになりたいって毎日おもっていたわ。

 

この話をしているとき、裕子さんはとてもいきいきとしていた。生命力が服を着たんじゃないか、と思うほどに。裕子さんが一番、裕子さんになれる瞬間だった。

 

 

今度の沈黙は長かった。30秒。たいした事ないと思うだろうか。

 

彼女と、火傷についての話している僕を思い浮かべてほしい。そして、30秒数えてみてほしい。なんならあなたも、この世界へ飛んできてくれ。その時間がどれだけ長く、どれだけの重みをもっているかが、わかるはずだ。

 

 

「あたしねえ」沈黙の後、裕子さんはいきなり涙声になって僕の肩に倒れ掛かってきた。僕は細い腕で必死に彼女の肩を抱いた。

 

「その日も両親を喜ばせようと思ったのよぉ。…………。さすが18歳だな、ってそういってもらいたかったの。だから、人生で一度も作ったことのない天ぷらを、ゴホッ、私のお父さんの大好物の天ぷらを、食べきれないくらいたくさん作ってやろうと思ったのよ……」

 

それから裕子さんは天ぷらを作っている途中で、大やけどをしてしまったと言った。その部分は、非常に短く、脱線することもなく、ただただ事実をシンプルに伝えた。あまり思い出したくないようだった。何か大切なものをかばっているような気もした。思い出したくないことは、思い出さなければいい。極めて当然のことだ。

 

 

そして18歳の初めの日、彼女が行ったのは、多くの友達が待つ賑やかな学校、ではなく静かな病院だった。彼女が受け取ったのはサプライジングな誕生日プレゼントではなく、定石どおりの治療だった。

 

裕子さんがその後、鏡を見た時の絶望感は、想像を絶するものだった。右ほおにできた大きな火傷の痕。それは彼女自身を超えた存在感を放っていた。裕子さんはこう、悟ったそうだ。これでもう、道行く人が「私」を見ることはない。私の火傷をみることは、往々にしてあるだろうけれど。

 

それから裕子さんは、来る日も来る日も自分を殺し続けて生きた。以前のように人のやらないことをやるのをあきらめ、目立たないようにすることだけが彼女に求められたことであり、彼女が求めたことでもあった。

 

 

生来のサプライザーが、内気な少女として生きていくことを余儀なくされたの。ねえ、神様って残酷だと思わない?

 

裕子さんは一度、深いため息をついた。そして、「ごめんね。この話、いまするにはちょっと暗すぎるわよね。」と言った。

 

「いえ。」

「まだ聞きたいかしら?」

 

聞きたい、と僕は答えた。それは本当のことだったし、第一ここで聞きたくないなんて誰が言えるだろう?

 

彼女は一瞬子供みたいにニッと笑って見せ、それからかなり険しい顔になった。

 

今はもう慣れたんだけどね、やけどを負って間もない時は外を歩くのがつらかったわ。

 

「わかります」

 

言ってしまってから、僕は自分の発言を反芻した。わかります?ぜんたい僕に彼女の何がわかるんだ?

 

裕子さんはありがとう、と言ってほほ笑んだ。そして続けた。

 

 

道ですれ違う人がチラとこちらを見て、一瞬驚いた顔を見せ、一瞬申し訳なさそうな顔を見せ、一瞬こちらを哀れんだ顔を見せ、そして慌てて目をそらす。不自然にドギマギとしてね。それは全部でもたった一秒くらいの短い時間よ。それでもね。いまでも私にとってその刹那は、そのほんの一秒間は、呪いたいくらいに不快な時間なの。

 

僕は唾をのんだ。

 

そして、「でも」と裕子さんはつぶやいた。 

 

でも、私、ある意味ではちゃんとなれてるのか……

 

サプライザーに。

 

これを言うとき、裕子さんはまるで昨日人を殺して、今日も殺すんじゃないか。そんな貌をするのだった。そして、恐ろしいことに、それは事実なのだ。

 

僕はただ、口をもごもごと動かし、そして結局何も発しなかった。僕にはそれしかできなかった。僕にはなにもできなかった。



第3話 シャッター街とスーパーのおばちゃん

目次




 

2人の大人がなんとかすれ違える細い川沿いの道を歩いていたら、

向かい側から「斜めの男」がやってきた。

 

斜めの男?とあなたは顔をしかめるかもしれない。何が斜めなのか。まっすぐ歩いていないわけではない。前髪が斜めにそろえられているわけでもない。ただ、体が斜めなのだ。傾いている。

僕はつい、じろじろ見てしまっていた。

 

ふいに、叔母の裕子さんが数年前に言っていたことを思い出す。彼女の顔には大きな火傷の痕がある。一生消えない痕だ。

 

 

「道ですれ違う人がチラとこちらを見て、一瞬驚いた顔を見せ、一瞬申し訳なさそうな顔を見せ、一瞬こちらを哀れんだ顔を見せ、そして慌てて目をそらす。不自然にドギマギとしちゃってね。それは全部でもたった一秒くらいの短い時間よ。それでもね。いまでも私にとってその刹那は――そのほんの一秒間は――呪いたいくらいに不快な時間なの。」

 

 

僕は裕子さんの言葉を思い出し、なんの変哲もない男とすれ違う時のように自然にふるまおうとした。何とか顔に微笑をつくり、会釈する。彼は始終僕の方をボーっと見ていたが、会釈は返ってこなかった。

 

おまけにこの道は、両者がピシッと正しい姿勢で歩いていなければ通れない。しかし近づいても近づいても、その男は斜めのままだ。

 

仕方ない。えいやっ。僕は自分の体を彼の体の形に合わせることで、何とかすれ違えるだけのスペースを空けた(僕が川に近い側だったので、首から上は川に乗り出すような形になった)。

 

 

すると不思議なことに、彼とすれ違う直前、ぼくの目の前に「あの時」の情景が浮かんできた。

 

僕は裕子さんと話している。たしか病院で、僕の母(最近亡くなった)のお見舞いに来ているときのことだ。僕と裕子さんは病室の外のソファに並んで腰掛け、なにやら話している。そうだ。僕はそのとき、無遠慮に火傷のことについて聞いていた。

 

 

      ☆

 

最初はつらかったわ。このやけどを負ったのは17歳の時。残酷だと思わない?これからいよいよオシャレを楽しめるって、わたしワクワクしていたのよ。私の高校は規則が厳しかったから。大学は華やかな有名私立にでも行って、オシャレも勉強も存分に楽しんでやろう(みんなから不思議そうな顔されるけれど、私、勉強が好きだったのよ)、この刑務所みたいに規則の厳しい学校に入ったのはこのモチベーションを作るためだったんだわって、ポジティブにとらえたりしてね。

 

でも、17歳の最後の日。そう、あれは誕生日の前の日だった。今でも鮮明に覚えているわ。

 

私、ちょっと浮かれていたのよ。誕生日の前日になると、いや、一週間まえくらいからかしらね。いつもそうなってしまうの。

 

幸い、私は友達に恵まれていたから、誕生日はとってもとっても盛大にお祝いしてもらっていた。もちろん、それをしっかり返すわけだけどね(馬鹿にできない額だったわ)。

 

その日も、明日は何がもらえるんだろう、と想像するだけで楽しくて、なかなか寝付けなくてね。私の家族はみんな10時にはベッドに入るんだけど、私はその日、眠れなかった。どうしても眠れないから、しょうがないか、そう思って、私は一度ベッドから出ることにしたの。

 

そしたらそのとき、「グウウウウウウウ」て、気の抜けるような音がしてね。思わず、私の両親、飛び起きたの。信じられる?隣の部屋にいた2人ともが、私のおなかの音で起きるなんて。

 

そのとき両親は、私のために何か作ろうって言ってくれた。でも、「私もう18になるのよ。もう大人なんだから!料理くらいできるわ。」って言って、久しぶりに何を作ろうか、眠い目をこすりながら考えていたわね。

 

「眠い目をこすりながら?」僕は尋ねた。

 

そう。おかしいでしょ?私はなかなか寝付けなかったはずなのに、なぜか何の料理を作ろうか考え始めたときにはもう眠くなってたの。きっと料理とは縁がないのね。でも相変わらずおなかは減っているし、両親には自分で作るって言ってしまったし、「えいやっ」て気合を振り絞って、何とか起きたわ。今思えば、これが悲劇の始まりね。




第2話 呪いたい1秒間


目次


 


 
目次


第1話 悲劇の始まり

第2話 呪いたい1秒間

第3話 シャッター街とスーパーのおばちゃん

第4話 斜めの男と魚屋さんのWin-Win

第5話 裕子さんがそばにいて、応援してくれている

第6話 僕、実はストーカーだったみたいです

第7話 二人の出会い

第8話 『俺の目的地はあなただ』

第9話 呼ばれてないけど、久しぶりに「僕」登場

第10話 真司、里川家にて

第11話 悲劇

第12話 破られたページと狂わされた人生

第13話 美しかった人

第14話 忘れられない言葉

第15話 どん底

第16話 一つの料理には、ストーリーが詰まっているんだ

第17話 裕子の言葉、真司の苦悩

第18話 灯った炎

第19話 アクセントを逆にすればいい

第20話 料理人グランプリ、開幕!

第21話 神のシェフ 降臨

第22話 復活!!

第23話 やっぱりね

第24話 やり残したこと

第25話 火傷は黄金に輝き

最終話 サプライザーは灯台になる































































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