目次『ペットショップで君に逢う』


 この物語は20××年6月6日に始まり6月8日に終わる。もとより日付などというものは、特に意味を持たない。なぜならこれは、全部夢かもしれないのだから。

 

6月6日  ~夢~

 

 僕たちはペットショップにいた。僕の隣にはまるで遊園地に初めてきた子供のように笑う彼女がいる。いや、彼女──彼女というのとは違うのかもしれない。僕たちはペットショップの二階に上がって行きサルやニワトリなどを眺めている。でも僕が……僕が、本当に見たいのは、そんなものじゃないんだ……。

 

 彼女には顔がない。もっと正確にいうのであれば僕は彼女の顔をはっきりと認識できない。その顔に輪郭はない。雰囲気で愉しそうに笑ってくれていることはわかる。けれど、彼女の顔の周りだけ蜃気楼に覆われてしまっているかの如くぼんやりとしている。いくら顔を近づけても、僕の抵抗はむなしく終わる。ここには距離の概念がないのかもしれないな。僕は思わずため息を漏らす。彼女が心配そうに僕の顔を覗き込む。僕は彼女の顔を見ることさえできないのに。

 彼女には声がない。彼女が僕の冗談に対して時にクスクス、時にキャッキャと笑っていることは分かるし、彼女が何を話しているのか、その内容は認識することができる。しかし僕が彼女の声を聞くことは無い。聞きたいのに、耳を澄ませても聞こえないのだ。しかしなぜ話の内容は分かるのだ。読唇術?いや、それは不可能だ。ご存知。彼女には唇だってないのだから。

 しばらくして僕たちは外に出る。並木通りをしばらく歩く。

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 あるはずのない彼女の横顔にうっとりする。その刹那、僕は今までの人生で一回、たった一回だけ味わったことのあるあの感覚を思い出す。たった一回だけ?いつだったか。

 

 そこには故郷の温かさと懐かしさがあった。それと同時に儚さと寂しさもあった。この上ない幸福とこの下ない絶望が振り子のように行き来するような、充実感と喪失感を壺に入れてかき混ぜたような、そんな感覚に襲われた。僕はわずか数秒に圧縮された何年分もの激しい感情の起伏にじっと耐えた。グッと歯を食いしばりながら。

 ふいに、彼女は振り返って僕の顔を覗き込む。まただ。まるで僕の心を見透かしているみたいだ。

 その時、彼女は微笑んでいたが、僕はその微笑みの中に耐えがたい悲しみが含まれていることを感じずにはいられなかった。僕たちはどうやらもう会えない、という予感が僕の脊髄から脳へと伝わってくる。いや、これは予感ではない。直感でもない。悲しいかな、これは事実なのだ。

 

「ねえ、また会えるかしら。できれば、今週中にでも」言いながら、彼女はうつうつとした顔になった。口をへの字に曲げ、目に大粒の涙を浮かべながら、僕の反応を待っている。彼女も知っているのだ。

 

「うわああああああああああ」僕は耐えきれなくなったこの世界を終わらせるため、いつも僕がそうやるように全身で叫んだ。




第二話 “なんで、いま、この夢を” 『ペットショップで君に逢う』