目次『ペットショップで君に逢う』


6月7日~夢~

 

階段を下りていた。彼女は僕の手を握り締めていた。強く、二度と離れないように。僕もその手を、優しく包み込むように握った。僕はペットショップから出ようと思った。だが、僕の意志でペットショップから出ることは、どうやら不可能なようだった。

「君はペットショップがひどく気に入っているらしいね」僕は試しにそう切り出した。

「ええ、もちろん。私の思い出の場所なの。ここにいると思い出せるのよ。私が初めてあなたに逢った時のことを」

「君が初めて僕に逢った時のことを?」

「そうよ」彼女はそれ以上を語らなかった。初めて……?小学生の時に見た、一番初めの夢のことを言っているんだろうか、と僕は思った。その夢では……だめだ、思い出せない。

 

6月7日~夢うつつ~

 

目が覚めた。そして焦る。どこだココは?数秒たってやっと自分が今ヨウの家にいることを思い出した。僕はどうやら寝てしまったらしいな。夕食を食べた後、僕は読書をし、彼はタブレットでサッカー観戦をしていたことを思い出した。

ヨウは口をあけて5秒に一度ニヤついていた。僕は一瞬ぞっとしたが、思わず「フッ」と吐息のような笑い声を漏らすと、ヨウを起こさないようにそっと家を出た。起こすのは申し訳ない。性夢でもなんでも、いい夢を見てくれ。

歩いて家に帰る間中、僕はずっと彼女のことを考えていた。頭の中で彼女についての情報を並べてみる。僕が何かを考えるときにいつもそうするように。

 

・彼女には顔がない。

・彼女には声がない。

・それにもかかわらず僕は彼女が何を言っているのかがわかる。

・彼女と僕はペットショップで知り合った。

 

夢の中なんだからそういうこともあるか、と僕は思った。夢の中ではあらゆる論理の飛躍ができる。夢の中では!

その時だった。


 

僕が風変わりな男に出会ったのは。朝の4時15分、ヨウの家から坂を下っている途中、僕ははるか向こうの方に動物が群れていることに気が付いた。

しかしそれは1種のみの動物たちではなかった。カラス、猫、サル、鹿……鹿?そこにはあらゆる種類の動物が、全身で自分の内側から湧き出てくるものを表現するみたいに、ぎゃあぎゃあと喚き、ばたばたと体を震わせた。よく見るといままでに見たことのないような奇妙な生き物たちもいる。僕は怖くなった。が、僕の足は、まるで僕から切り離された別の生命体のように、僕をそちら側に運ぶ……



はっ!

僕はその動物たちの中心に一人の精悍な男がいることに気が付いた。阿修羅。なぜかわからないけど僕は彼を見るや否やそう呼んでいた。

僕は動物たちではなく、彼に吸い寄せられていたのだと一目でわかった。彼は美しい顔立ちをしていたが、まるで縄文時代の人のような薄汚れた恰好をし、両掌を胸の前で握るようにして組んでいた。祈りの姿勢だ。しかし彼は祈るというよりは、いま、何かとつながっているんじゃないか。なぜか僕はそう感じた。いいや、確信した。恥ずかしい言い方になるが、それはまるで片手を恋人の手に見立てて、一人で恋人つなぎをしているようだった。彼は両目を静かに閉じていた。が、僕は自分が彼に見られていると強く感じた。彼は僕の外側を見るというよりも、外側を介さずに直接僕の内側を見ていた。その目は穏やかに——しかしはっきりと僕の心とらえていた。そして、僕が彼の五歩手前まで近づくと、とうとう彼はその目を開く。


第六話 “彼女はこの世界にいる” 『ペットショップで君に逢う』