『Canon』目次


 私は
あの家に住んでいる。これは前々から決めていたことだったし、今まで私が抱いてきた長年の願望を具現化したような家だ。決して大きい家ではない。全体が木造の茶色いレンガで覆われ、入り口のドアを開けると鈴がカランカランと小気味よい音を立てる。一階には暖かい、それはそれは暖かい暖炉がある。(これは私が何としても欲しかったものだ。)



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 暖炉はこの家の、家全体の象徴であり、形容でもある。この家は文字通り暖炉のような家だ。ここは山奥にあり、今は冬だ。このあたりまで登ってくるものはいない。私は作家だ。ここは執筆にぴったりの場所だ。誰も邪魔するものはいない。


 しかし夏場はそうはいかない。私は登山客たちの相手をせねばならない。彼らはこの家を見つけると、必ず私の家を訪ねてくる。まあ当たり前だろう。周囲5キロメートルに建造物はなく、しかも久しぶりにみた家に明かりがついているとなればな。

 それで私は彼らのために簡単な物語を書いてやることにしている。なあに、下山するときにちょっと気分が明るくなるような楽しい話さ。


 ある時は小柄なサッカー青年に、小柄な選手が世界一のプレイヤーになる話を書いた(しかもその選手は最も身長が必要とされるゴールキーパーだった)。またある時は還暦を迎えた孤独な男に(私のその一人かもしれない)、世界旅行をしながら各国で一人ずつ仲間を増やしていき、その旅を終えるころには40人を超える人々を日本に連れ帰ってしまったご老人の話を書いた。


 たいていの人は彼の書いた物語を読んで喜んでくれた。また、ごく一部の人たちは大笑いしたり、感動して涙したりして、お金を置いていってくれた。


いま思い出したのだが、私がここ1年で得たお金はその類のものだけだったな。

 


 しかし私も、相手にとってショッキングな話を書いてしまうことがある。やれやれ。

 彼は小さくため息をつき、コーヒーを啜りながら窓の外を眺めた。さて、今日も書くとするか。



 

一歩外に出れば無限に続く白銀!底なしの極寒!しかしこの家だけは激しく燃え盛る。暖炉と、私の執筆へのパッションと、家族への深い愛情で。




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