『Canon』目次


 その夜か翌日の朝かはわからないけれど、僕は夢を見た。この上なく晴れ渡った空、じりじりと照り付ける太陽、どこまでも限りなく続く草原。爽やかな風が草花を揺らしているようにも見えるし、草花が風を起こしているようにも。不思議な場所だ。僕は両手に顎を乗せ、楡の木の上にうつぶせになって何かを眺めている。

 
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たまに吹く風がとても心地よい。ずっとこうしていたいな。僕は楡の木から下の方を見下ろしてみる。

 

おや、と僕は思った。パパと誰かが見つめあっている。あ、ママだ!

 

ママは写真で見た時よりも、もっともっときれいで僕はびっくりしてしまった。パパはママに何かを必死に話していた。というよりも、謝っているみたいに見えた。一方でママはそんなパパを励まし続けていた。そして彼が落ち着きを取り戻すと、彼女は静かに別れを告げて森の奥の方へ去っていった。

 パパはしばらく立ち尽くしていたが、次の瞬間、何かに憑りつかれたように彼女のあとを追いかけっていった。彼らは最後まで僕の存在に気付かなかった。いかないで。僕も彼らを追いかけようとしたが、楡の木から降りることは、とうとうできなかった。

 

 

 

目を覚ますと嫌な予感がした。僕が息をのみながら時計を見ると、やはり……もう10時だった。とっくに学校が始まってしまっている。ユーが起きたタイミングを見計らったかのように電話が鳴り響いた。あるいは電話の音で起きたのか。どっちでもいい。僕は受話器を取った。

 

「もしもし。こちら楡木小学校ですが」担任の栗栖先生だ。

「僕です。先生。ごめんなさい。ぼく……」

「おっと、寝坊したのかい?珍しいね、君が」

 

「あ、ああ……ああ……」

「どうした?ユー君?」

僕は受話器を置いていた。思わずゾクッと身震いし、背筋が凍り付いた。

 

パパが、パパが、書斎で倒れている。

 

ユーパ(ユーのパパ)が書斎で倒れていた。机の上には万年筆と原稿用紙数十枚が散らかっており、床には割れた一升瓶が転がっている。

 

再び電話が鳴る。僕は震える手でそれを取った。やはり栗栖先生だった。

 

「きっと事情があるんだろう。君のことだから……」

「パパが……パパが……」

 

栗栖先生が僕の異変に気付き、事情を尋ねる。

「━━死んじゃった━━」

「!!!」

10秒ほどの沈黙があった。

「いいかい。よく聞くんだ‼今から……君のおうちに行く。君は今から僕が着くまで静かに目を閉じていなさい。何も見てはいけない。絶対だよ。君は今から僕がそっちに行くまで目を閉じるんだ。リピート・アフタ・ミー」

「………」

「リピート・アフタ・ミー!」


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