私はものを捨てることが出来ない質だ。どうしても捨てることが出来ない。ものには魂が宿っている気がして、どうしても捨てることが出来ないの。
昨日、新しいバッグが届いた。ずうっと前から買うと決めていた、素敵なデザインのバッグだ。届いたとき、翌日わたしがこれを持って街を歩いている情景を想像した。
うきうきする、という感覚。久しぶり。
さあ早速ものを移し替えよう、と思う。今まで使っていたリュックを手に取る。手に取って、ハッとして、そのリュックを眺める。
こんなによれよれなこのリュック、もう何年使ったのだろうか。きっと片手じゃ数えられない。よれよれで、恥ずかしいとさえ感じていたこのリュック。
なのになんで、ピタと手が止まってしまうのだろう。思えばどんなときも一緒にいた。雨の日は一緒に濡れたなあ。
私は楽しかった日のこと、つらかった日のこと、笑ってた時の事、泣いていた時のことを思い返した。
どんなときでも、背中には、このリュックが居た。
居やがった……。居てくれた。
私が大笑いしているときは、このリュックも口をがばがばに開けて笑い、中身をあちこちにこぼした。まるで食事中にご飯粒をあちこちに飛ばす子供のように。
私が泣いているときは、このバッグはじっと口を閉じ、黙っていてくれた。まるで、両親を亡くした兄弟の兄が、泣きじゃくる妹の肩を黙って引き寄せるみたいに。
どんな時もピタリと私の背中について、私を安心させてくれた。
そんなことを思い出しているうちにふと、熱いものが瞼にたまってくるのに気が付いた。リュックをみると、彼は口をガバッと開けて、ゲラゲラと笑った。新しいバッグに出会った私を、満面の笑みで送り出してくれようとしている。私にはそう見えた。
今日、わたしはすがすがしい気持ちで家を出た。よれよれのリュックをしょって。
今日は、今日だけは、このリュックで出かけたい。
家を出て、いつも通り海沿いの道を自転車で進む。海のにおい。
いつも恥ずかしかったこのリュック、今日はなぜか誇らしい。
なんなら、目立つように胸の前にかけてもいいくらいだ。
一度、壊れかけていたジッパーが外れて、中に入れていたタオルが宙に舞った。いつもならイライラして拾いに行くところだけど、今日だけは、笑ってそれを受け入れることが出来た。
最高に気分のいい一日をおえて家に帰ると、わたしはそのリュックを置き、中身を残らずすべて出した。
向かい合い、合掌をして、深く一礼をしてから、わたしはそのリュックを、そっとゴミ箱に入れた。
いままで本当にありがとう。
中身を新しいバッグに移し替えるとき、その新しいバッグが昨日よりも頼もしくみえた気がした。
そうかあ、あのリュックの気持ちを、君が受け継いでくれたんだね。