店を出ると、通りを歩く人は先ほどよりも増えていた。しかし僕が真司さんを発見するのに、たいした苦労は要しなかった。

 

目立っていたからだ。ストレートパーマの髪に一本だけ残ってしまったくせ毛のように、彼の後ろ姿は異質な雰囲気を放ってそこにあった。左手にクーラーバッグを提げ、右に傾いていた。しかし、どうだろう。彼がもし傾いていなかったとしても、僕は彼に気が付いたんじゃないかと思う。

 

なぜって?それは僕にもわからない。雰囲気?

 

そもそも僕は、彼の雰囲気に惹かれてついてきたのか?いや、そんなありきたりな言葉は使いたくない。僕は雰囲気が好きな中年の男性に、ふらりとついていくような奴ではないからだ。

 

僕らはなおも歩き続けた。隣町に出て国道沿いを歩いているとき、真司さんは初めて僕に声をかけた。

「なあ、君の目的地は、どうやら私の目的地と同じみたいだな。」と真司さんは言った。

そのとき、気が付いたら僕はこんなことを口にしてしまっていた。

 

「いいえ。僕の目的地はあなたです。」

言ってから、後悔した。苦い記憶がよみがえる。

 

 

 

「好きな人、いるでしょ?」あるとき裕子さんは僕に聞いた。裕子さんはすごく鋭い。彼女がこの質問をするとき、答えはイエスしかありえなかった。

 

「なんでわかるんですか?」と僕は聞いた。

「においよ。」

「におい?」

「そう。恋をしている人間と、そうでない人間は、明らかにその体が発するにおいが違うの。」

「えっ。そういうもんですか?」

「ええ。私にはわかるわ。」

「裕子さんも今、恋をしているんですか?」

 

僕がそう聞くと、彼女はまさか、と言って顔を赤くした。いま私が質問しているのよ、と彼女は言った。

 

「一人気になっている子がいます。」と僕が言った。

「そう。」彼女は僕が続きを話すのをじっと待っていたが、僕が続きをなかなか言えずにいるのを見て、尋ねた。

「気持ちを伝えるの?」

「はい。でも、なんて言ったらいいのかわからなくて……」

「……それならこんなのはどうかしら。」

 

『僕の目的地はあなただ。』

 

彼女は声色を変えてそういい、そして頬を紅く染めた。僕は彼女が無類のロマンチック映画好きだということを思い出した。

 

「えー。そんなこと言ったら、引かれちゃいますよ。映画のセリフならともかく。」

「そうかしら。」彼女はちょっとムスッとしたけど、そのあとも存分に相談に乗ってくれた。

 

ひとしきり話し終えた後で、僕は裕子さんに聞いてみた。どうしてそんなに人に親切なんですか、と。僕は彼女が二度と会わないような見知らぬ相手にも優しいことを知っていた。前々からなんとなく疑問に思っていたのだ。

 

実はね、それは自分のためでもあるのよ。裕子さんはおどけて言った。

 

私思うんだけれど、人が本当に幸せを感じることが出来るのは、唯一、利他的なことをしているときだけなんじゃないかしら。

 

唯一ですか、と僕は尋ねた。

 

そう。確かに、一人で読書をしたり、パズルゲームをしたりしているときも楽しいわよ。でも、それを一日中しているだけでは、満ち足りた気分になることはできない。

 

人の話を真剣に聞く、社会のために一生懸命仕事をする、困っている人を助ける、恋人を喜ばせるためにプレゼントをする。そういうことの積み重ねが、人に真の幸福をもたらすと、私は思うのよ。

 

僕が感心していると

「あっ」と、裕子さんが声を上げた。

 

でも、私の場合は「人を驚かす」ことも欠かせないわね。

 

 

……

 

      ☆

 

裕子さんに相談した後、僕はいくらか積極的になることができた。近くに裕子さんがいて、応援してくれているような気がしたからだ。




第6話 僕、実はストーカーだったみたいです

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