真司が鍋に映った自分に向かって「いまままでありがとう」と言ったとき、彼は自分の顔の上に灯台を見た。彼は自分の目を疑いながらも、つぶやいてみた。

 

 

『俺の目的地はあなただ。』

 

 

すると!

 

その灯台は口を開いたのだ。

 

『それなら私は灯台になる。そしていつだってあなたを正しい場所へ導く。だからあなたは、一直線に私を目指してきて。』

 

 

 

真司はその言葉が、最愛の人のものであることを悟った。しかし彼はそれを聞いて、裕子はもうあちら側に行ってしまったのか、と思った。きっと天国にいる裕子が呼んでいるのだろう、と。

 

しかし、その灯台は、後ろから真司をギュッと包み込んだ。

 

 

「!」

 

 

彼は身の毛がよだつのを感じながら振り返った。



そこには裕子がいた。彼が知る、いつの裕子よりも魅力的な裕子が。

 

紗千さんや、青年もいた。看護婦さんも奈菜ちゃんもいた。みんな笑顔だった。

 

「準優勝おめでとう、世界一の料理人・コッコ」

裕子は深く透き通る声で、真司の努力を称えた。それはまるで、彼女が眠っている間、真司の努力をすべて見ていて、その上で彼を称えているような、そういう種類の声だった。

 

 

「裕子、もうだめかと……」

彼の言葉に、裕子はきょとんとした。

 

「何言ってるの真司?」

彼女は口角を優しく上げて、言った。

「私は生来のサプライザー・里川裕子よ」

 

 

      ☆

 

 

真司さんと裕子さんの抱擁を尻目に、僕はある言葉を思い出していた。

 

『バーベキューはバーベキュー場じゃなくてもできる。』

 

ああ、これは裕子さんの言葉だった。

 

そして今、真司さんがバーベキューをしていたのは、およそバーベキュー場とはかけ離れた、森の一番深い場所だった。そこにはちょっと不思議な感じのする、綺麗な白いガーベラが咲いていた。

 

 

 

「裕子さん、僕、あの女の子と付き合い始めましたよ!」

今度裕子さんに会ったら真っ先に言おうと思っていたことを、僕が言う。

「あなたの『目的地』ね?」

「ちょっと裕子さん、その呼び方やめてくださいよお。」

僕らはみんなで笑った。一人を除いて。

 

真司さん。

 

裕子さんと抱擁を交わしたあと、彼はずっとうずくまっていた。顔を上げることもできず、ずーっとうずくまって、ただ涙を流していた。

 

僕らはその様子を温かい目で見守った。

 

 

「それにしても綺麗な花ですね、これ。」僕が紗千さんに言う。

「ほんとよね。」と、紗千さんがこの花に負けないくらい美しい表情で答える。

裕子さんが寄ってきて、誇らしげに言う。

「そうでしょ?真司と一緒に植えたのよ。」

綺麗な白い花が僕たちを明るく照らす。

 

裕子さんは、白いガーベラの花言葉は「希望」や「律儀」だと僕たちに教えてくれた。

 

「ちなみにまだ咲いていないみたいだけれど、赤や黄色はね……」

 

裕子さんがそう言いかけたとき、強い風が吹いた。

 

 

すると、簡易キッチンの足がグラリと揺れ、傾く。

 

嫌な予感がした。

 

そこには鍋が乗っている。

 

すでに油が入っている??……

 

さらにそのとき僕の目に映ったのは、最悪なことにその鍋だけではなかった。

 

真司さんがうずくまっていたのは、鍋のすぐ隣だったのだ!まだ嗚咽を漏らしていて、まったく気づいていない!


 

 

世界がスローモーションになったような感覚があった。緊張で体が硬直してしまう。ダメだ。どうか……外れてくれ。

 

しかし真司さんは、完全な風下にいる。

 

 

僕が目を伏せかけたそのとき!

 


「真司あぶない!!!!」

 

その声と共に、隣からものすごい勢いで裕子さんが動いていた。彼女は足を伸ばし、サッカー仕込みのフォームで簡易キッチンを見事に蹴りあげた。テーブルは、真司さんとは反対側に倒れていく。地面にこぼれた油がジュウと力ない音を立てる。

 

 

はあ

僕たちは心の底から安堵した。

 

すると……

 

「あっ!」

 

 

先ほどの強風で、今まで落ち葉に隠れていた花々が顔をみせた。

そこには白以外にも、赤と黄色のガーベラの花が、鮮やかに咲いていた。

 

花言葉は「神秘の愛」「究極の愛」

 

あとで裕子さんがそう教えてくれた。

 

 

 

 

斜めの男 完




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